Wednesday, October 8, 2008

ラテンアメリカ入門 201: コスタリカ




私Nochiの主観的世界異文化見聞録「下町グローバルアカデミー」。 You guys ready? はい、じゃあ今日はトロピカル。日本から見て太平洋の遙か東の彼方、世界地図でアメリカ大陸の一番細い場所あたり、中米のコスタリカ。



Introduction Latin America 201: Costa Rica


ま だまだ多くの日本人にとって身近に感じられないラテンアメリカ諸国。コスタリカもそんな国の一つ。日本からの直行ノンストップ便は無く、北米で1 stopして約18時間かけて到着するこの国。実はスイスと同じく「軍隊を持たない」ユニークで小さな国。面積は首都圏とほぼ同じぐらい。この国に私は 8ヶ月ほど住んでいました。さあ、どんな感じでしょうか?


At A Glance: 一見

気候は、 乾季と雨季。日本の初夏から晩秋にかけて向こうの雨季で、夕方に集中して降る雨は土砂降り。温度的には、高地に行かない限りは夜でも寒さはジャケット一枚 でしのげる。多くのビーチでは、乾季には人でごったがえし、雨季には都市部から流されてきたゴミや漂着物で埋め尽くされる。まるで美しい内面に醜い部分を 持つ我々人間みたい。

食文化はシンプル。典型的な朝食は、炊いた白米と黒煮豆をバターで炒めた「ガジョピント」 と、フレッシュで多種多様なトロピカルフルーツの盛り合わせ。ランチやディナーには、硬くて甘くないバナナの「プラタノ」を揚げたもの、根野菜を中心に小 さいサイコロ形にして調理した「ピカディージョ」、グリルした鶏肉「ポジョ」など。そしてこれらと一緒に白米と煮豆が盛られた「カサード」と呼ばれる定食。日本食と比べると“洗練さ“は見当たらない、この独特の”素朴さ”が肩肘張ってなくていい感じ。

クリスト教の一大組織ローマン・カトリックの信者が国民の90%以上を占めていて、ほとんどの街が礼拝堂や協会を中心に区画整理されている。日曜日の昼過ぎ頃には、礼拝で元気づけられた人々が帰路に着いたり町に繰り出したり、それはとてものどかでハッピーな感じ。

音楽は、全体的にサルサ、メレンゲ、クンビアなどの定番ダンスものが幅広く楽しまれている一方で、黒人中心のカリブ海沿岸ではカリプソが 有名。最近ではグローバルユースを中心にMTVものやUKポップ、レゲトン、なども広がっている。首都サンホセのハイエンドなナイトクラブではハウスなど の“四つ打ち”系もあり、ジャズバーなどもアダルトを中心に人気がある。個人的に遊びに行った木造のレゲエクラブではフォウンデーションやミディアム系の コンシャスチューンがよくかかってた。一度だけ行った野外のフェスは、かなりミックスだった、ロックだったりカリプソだったり。

主な産業に 上げられるのは主に三つ。1.バナナ・パイナップル・花・コーヒーなどの農産物輸出。これら運搬用の列車の線路を敷くため、ジャマイカ系黒人たちや中国人 たちが労働力として集められた。2.エレクトロや化学薬品などのアウトソーシング受け入れ業。FTA(自由貿易協定)や EPA(経済連携協定)などのややこしい縛りがあるために、コスタリカ国内の法律が適応されない治外法権のような状態。これが時折問題にされるが、基本は 高給な仕事なので今のところ大きな混乱は表面上見えてきていない。そして3.近年脚光を浴びている、熱帯雨林やビーチでバケーション客相手の参加学習型の エコツーリズム。トロピカル情緒をエンジョイしながら、環境や生態系、都市計画や沿岸開発などの社会問題について学ぶことが出来る。これ、個人的にお勧め です。

町並みですが、各コミュニティー中心部では基本コロニアルスタイル。敷地の前面道路いっぱいまで建物が建っていて、内部に中庭がある作り。伝統的な家屋の屋根材は素焼きの赤茶色の瓦。しかし多くの国民はそんなに裕福でない為、ブロック積み上げでトタン屋根の家に住んでいる。

言語は・・・ 25ヶ国以上で約4億人、母国語としての話者人口は世界で第2位、Se Habla Español スペイン語。

通貨の呼び名は、「コロン(colón)」。実際に使うの時は複数形なので「コロネース」になる。2008年9月の為替レートで、1 usd = 550 colónes。現在の物価の目安、「カサード」が2,000 colónes。


Ticos/Ticas: コスタリカ人

人種構成は、白肌のメスティーソ(混血)と白人90%以上、ジャマイカ系黒人3%、東洋人2%、そしてマヤ人の子孫達などの先住民が山間部を中心に数千人程残っている。

そ んなコスタリカ人は自分たちのことを Ticos(コスタリカ男)/Ticas(コスタリカ女) と呼ぶ。そして彼らのモットーはPura Vida!(プーラビーダ=Pure Life! 純粋人生!)。使い方はこんな感じ、「こんにちわー」「プーラビーダ!」、「調子どう?」「プーラビーダ!」、「~どうだった?」「プーラ ビーダ!」・・・ と、とにかく何でもいいんです。陽気なラテンアメリカ人らしく本当に明るく、ビッグスマイルでよく笑う。

そしてお決まり、大のフットボールファン。2005年のトヨタカップにも出場したデポルティーボ・サプリサは、コスタリカの伝統強豪チーム。そして国の代表戦がある日には、学校や商店がそろって休み。国民皆でテレビ観戦プラス応援の国民性。

【蛇足: 世界ではサッカーのことをフットボールと呼ぶ。前者で呼ぶのはアメリカとその“影響下”にある国々】


Brief History: 歴史概要

16 世紀初頭、世界進出を着々と進める欧州諸国においてスペイン人のクリストファー・コロンブスという男が現在のアメリカ大陸に到着。彼の“新大陸発見”とい う名の下に開拓地としての可能性を見出し、その後どんどん西洋人が入植。スペインの植民地を経て19世紀の初頭に単独国家として独立。他の中南米諸国と少 し違うのは、コスタリカでは先住民と白人の混血が大規模に進まなかったこと。先住民を奴隷として使うことが出来ず入植者たちは自分たちで土地を耕して労働 するしかなく、その結果として中米の近代史上、割と早い時期から西洋人ばかりの国家が作れた。


Experiential Studies: 体験研究

コスタリカに渡ったのは2003年、発展途上国での生活は人生で初めて。目にするもの食べるもの全て、マーケットを覗けば初めて見る新鮮な野菜とフルーツ、そして底なしに陽気な人々のバイブスに毎日刺激を受けた。畑とかじゃなくて、バナナ、マンゴ、パパイヤ、ココナッツ、キャッサバ芋など、空き地とかそこら中で育ってるし。

道 路はあちこち穴だらけ、昼間から酔いどれる男たちで繁盛してる飲み屋。ボロボロのヒュンダイに乗るローカルたちで渋滞する道、コーヒー農園での豆の手摘み で生計を立てるニカラグア人たち、ピカピカのレンタカーでトロピカルを満喫する白人の観光客と彼らが買っていく娼婦たち。全てがプーラビーダ。

学生として滞在していたので、勉強には時間を費やした。自分自身が外国人の立場で、クラスもスペイン語と英語で行われていたし。中南米の歴史と社会、輸出用のバナナ農園見学、先住民族たちとの交流など、トピックはエコロジーとグローバリゼーションの関係あるものばかり。
プ ライベートの時間では、私はそんなに熱帯雨林を探検するつもりはなかった。むしろ、ビーチを楽しみたかった。その頃に、ロキシーという活発な娘に出会っ た。「持続的海岸開発」のテーマで研究をしていた彼女は、ドリンカーでスモーカーでパーティー大好きの素敵なメヒカーナ。すぐに仲良くなり、一緒にすごす 時間も増えていった。平日をセンターのある街で過ごし、金曜の午後にはバッグに宿題と着替えを詰め込んで、バスで太平洋側にある
プラヤ・マヌエル・アントニオと言うロキシーが住む小さなビーチタウンに通う、とゆう生活。


Summary: 要約

とにかくプーラビーダ、今日も明日もトロピカル。良いことも嫌なことも、何でも明るくプーラビーダ。極論はそうなんだ、明日が今日に、今日が昨日に、純粋人生プーラビーダ。ありがとう発展途上国、グラシアス・アディオス、コスタリカ、プーラビーダ。




1 comment:

Anonymous said...
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